企業は、社会と経済の狭間に存在する。
利益を上げることは前提であり、目的ではない。
利益は手段に過ぎない。
つまり、企業の存在目的とは、それが存在する社会・経済への貢献、ということになる。
これを人間に当てはめても、
その人間が所属する社会集団である、会社であったり、地域コミュニティーであったり、家族であったり、に対して貢献しているからこそ、存在が認められる部分もある、と考え得る。
そうなると、慎むべき事だが、身心に障害のある方々は貢献していないから存在意義がない、という極論になるが、逆だ。
子供や、高齢者も含む非生産集団(自身の力で金を生み出す事が難しい可能性が高い人々)を含む、社会、がそれ自体成立・存続していくために、利益を生み出し、分配する企業と言う存在が許されていると私は考えている。
企業には、希少である人的、金銭的、物的資本がある。こうした資本を活用して最大限の利益を上げる、ということは、逆の視点からみれば、個人顧客なのか、法人顧客なのかは、業種により異なるが、同社が提供する物・サービスにお金を払う存在があるから成立する事象である。
上記の顧客には、当然社会の構成員である非生産集団の方々も含まれている。つまり、同非生産集団も、社会の一員として、企業の利益に貢献しているのである。
例えば、車椅子の製造企業は、恐らくは政府・自治体からの補助金が無い限りその製品の流布は難しい(大量生産商品ではない故、単価が高くなり、一般人には買いづらい金額になる)だろう。
その税金を払うのは、企業であり、ビジネスマンであるが、その税金を使って初めて、車椅子メーカーは利益を創出し、また税金を払う事が出来る。
まとめれば、間接的にせよ、直接的にせよ、「貢献」があれば、存在意義がある、と理解している。但し、その貢献も一部の特権階級ではなく、広く「社会」「経済」に対して、である。
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